卒を視ること嬰児のごとし、ゆえにこれと深谿に赴くべし
(そつをみることえいじのごとし、ゆえにこれとしんけいにおもむくべし)
 将軍が兵卒に対して赤ん坊のように接するならば、深い谷底のような困難な道であっても将軍とともに進む、ということ。

 愛情たっぷりと接すれば、その恩義に感じた部下はどこにでもついてくる、ということを言っています。
 しかしこれに続く言葉で、優しすぎるだけでは部下は甘えてしまい、いざという時に命令も聞かない我がまま息子のようになってしまう、と述べています。
 愛情と厳しさのバランスが必要です。

 赤ん坊に接する愛情とはどういうことでしょう?
 おそらく無償の愛情、ということだと思います。
 部下や後輩をかばったり助けたりしたときに、「何かをしてあげた」という意識があれば、「だからいつか返してよ」という思いにつながるでしょう。
 しかし、それは「Give&Take」の割り切った関係であり、利益がなければ双方ともに動かないという状況にもなりえます。
 それでは、困難になったときには部下が逃げ出しかねません。
 つまり上に立つ人間は、下をフォローしたぐらいのことで恩を着せることがないように、と戒められているのかもしれません。

 こうしてみると孫子は一見、合理主義ですべてを語っているように見えますが、人間の本質にある「思い」というものも、その戦略の中に組み込んでいます。
 そして、その「思い」の部分すらも意識的に利用しようとしています。
 ここに、戦争に限らない人間関係などへの守備範囲の広さがあります。

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