訪問タイトル

 本ページは、2004年の「第5回日本言語聴覚学会」にて行なった発表原稿を再校正して掲載しています。
 事例は、STの訪問が認められていない時期のものです。そのために継続的な訪問を行なえていませんが、STの訪問が広がる今、なんらかの意味もあるかと思い、改めてアップしてみました。

 発表趣旨は2つです。
 1つは、STが訪問を行なうことの意義。
 もう1つは、「ALS患者のコミュニケーション手段には伝の心」という風潮がある中で、しっかりとしたコミュニケーション能力の評価と適切な手段を選ばなくてはいけないということ。
雑誌
 この事例を受けて、別ページのAAC手段の選定初期評価などにも目が向くようになりました。
 訪問の意義には他にも色々あると思いますので、実際に訪問されている方と意見交換などもできれば。
  なお、本発表は「HomeCareMEDICINE」(2004.9月号)の「日本言語聴覚学会」報告の中でも紹介していただきました。
 他の演者の方の内容紹介もありますので、興味のある方は是非。


 

11)54歳男性。筋萎縮性側索硬化症。
 発症から1年で在宅介護、その1ヵ月後には人工呼吸器装着となりました。
 供給された「伝の心」が使用できないということで、STが訪問することになりました。  






22)訪問看護師、STの初回評価です。
 この半年間に人工呼吸器の装着と数回の自己ばっ去がありました。
 訪問看護師とは口頭での意思疎通が可能であった症例ですが、STの介入時には伝の心だけでなく、透明文字盤やYes/Noの手段を用いても情報を取ることができませんでした。
 主訴は「伝の心が使えない」ということでしたが、「使えない」理由として上下肢、眼球の運動障害による応答手段の問題と、言語の理解や文字を操作するなどの言語・精神機能的な問題が考えられ、STを開始しました。  



33)評価の材料です。 身体機能への働きかけをOTとともに行い、左下肢でジェリービーンスイッチを押すことが可能になりました。
 次に言語・精神機能について評価しました。
 反応手段は視線の向きとしました。言語の理解度を知るために、透明アクリル板に絵カードや単語文字カードを貼り付けたもの、あるいは○×札を用意して、STの出す刺激・質問に応答する方法をとりました。
 言語の表出については、4〜9文字の透明文字盤を用いた絵カード呼称課題や、伝の心の50音表、日常会話文を用いました。  




44)第1期では2000年3月から6月の間に6回訪問しています。
 刺激に応じた絵カードの選択、仮名9文字の透明文字盤による単語呼称が可能となりました。また、50音表は使用できませんでしたが、伝の心の起動手順と日常会話文の画面上に「めがね」などの単語を配置し、単語を選ぶことは可能となりました。
 なお訪問する中で、妻にも変化が認められました。介入時は「伝の心を使って1人で日記でも」など現状と離れた期待。仮名の操作が困難な評価中には「痴呆かも」というあきらめ。文字単語や絵カードの選択などが行えるようになった後半には、「伝の心を使ってみた」という積極性。
 家族やOTによる経過観察をお願いしてST終了としました。  



55)第2期では2000年10月から11月の間に3回訪問しています。
 伝の心を使わなくなった、との報告をうけてST再介入となりました。妻からは「1人で打ってくれればいいけど」と最初の介入時に似た発言が見られました。
 訪問STの結果、伝の心に配置した「はい・いいえ」「吸引」などの語で質問に答えることも7〜8割程度可能となりました。
「これなら、普段の会話にも役立つ」ということで妻も再び乗り気になったので、再指導を行いST終了としました。  





66)第3期では2001年2月から6月の間に5回訪問しています。
 病気の進行でスイッチが使えなくなったとの報告を受け、再訪問。スイッチを光電タッチセンサーに変更しましたが、セッティングだけで疲労し、伝の心では無反応となりました。
 そのため「○×」札による応答をコミュニケーションの中心にしました。その結果、「バナナは皮をむかないで食べますか?」などの質問テストでは24/38の成績を示しました。
 「伝の心を刺激として使いたい」との妻の希望もありましたが、セッティングの困難さとそれに伴う疲労について説明し、実際の場面を見て理解いただくことで○×札によるコミュニケーション方法を受け入れていただきました。
 ここでSTの介入は終了しています。  

77)今回の事例における問題点です。
 伝の心の供給がOT・STの介入前であり、身体・言語・精神機能に関する評価が十分になされなかった可能性が考えられました。
 そのために「不適切なコミュニケーション手段である伝の心が供給→家族がその伝の心を唯一の手段とするも使えない→コミュニケーションの場・機会が喪失」という、連鎖が起こったと思われました。  





88)反省点です。
  それぞれの経過において、STは手段を導入しただけで終了しており、家族が継続的に使用するところまで関わりませんでした。
 また病状が進行してからの単発的な訪問では、行く度に初期評価から始めるためにコミュニケーション手段の確立までに時間がかかり、手段のない空白期間を生みました。
 当時の訪問STが認められていない状況では、訪問OTのサポートという形で同行していました。訪問の時間を全てSTが独占というわけにもいきませんでした。
 STが十分な介入を行なうために単独で訪問する必要性と、できない歯がゆさを感じていました。  



99)訪問リハビリにおけるSTの役割について、考察します。
 気管切開以降の訪問看護記録では患者様からの情報聴取はなく、バイタル、あるいは妻からの情報のみが書かれていました。限られた訪問時間の中で、コミュニケーションにじっくりと取り組めない現実が伺われます。STの介入によって、「本人と話そう」という周囲の視点・意識が強化されることが期待されます。
 またALSのような進行疾患の場合には、確立しているコミュニケーション手段の調整と再検討が常に必要となります。身体機能だけではなく、精神機能、言語機能についても適宜評価を行い、状態悪化時の準備をしておくことがコミュニケーション手段を喪失させないことにつながります。
 さらに今回の事例では伝の心に対する妻の意欲も、日々の介護の中で徐々に薄れていった印象があります。コミュニケーションの保障には、患者と家族の自発性に頼るのではなく、治療の中でSTが患者と会話する場面を家族に示して、家族のコミュニケーション意欲を喚起することが必要です。
 コミュニケーションの問題に特化しているSTという職種が継続的に関わることの意義として、上記のようなものが示唆されます。  


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